判例変更の内容
昨年末に新聞などで報道されましたので、ご存知の方も多いかもしれませんが、最高裁大法廷は平成28年12月19日の決定で、
「共同相続された普通預金債権、普通貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる。」
との判断を示し、これまでの判例を変更しました。
変更以前の現金と預貯金の取り扱い
仮に、被相続人Xさんの相続財産(遺産)が現金100万円と預金1,000万円の計1,100万円、相続人がXさんの子であるAさんとBさんの2人、Xさんの遺言はなかったとします。
この場合、現金は遺産分割をすることによってはじめて、AさんまたはBさんの固有の財産になります。
遺産分割するまではAさんとBさんが共有している状態ですから、AさんまたはBさんは遺産分割前に単独で遺産の現金を使うことはできません。
これに対して、預貯金は遺産分割をしなくても相続分にしたがって当然に分割されるとされていました。
そうすると、遺産分割をしなくても、Xさんの預金1,000万円はXさんの死亡によって自動的に500万円ずつに分割されて、それぞれがAさんとBさんのものになります。
現金は不動産、動産、株式、投資信託など同様に遺産分割の対象となります。
その一方、預貯金は判例が変更されるまで、遺産分割を経ることなく相続分にしたがって分割されるとの取り扱いでした。
今回の判例変更によって現金と預貯金の取り扱いが、等しく「遺産分割の対象」になりました。
なぜ、預貯金だけ取り扱いが違うのか?
なぜこのように、現金と預貯金で取り扱いが違っていたかというと、
「預貯金は金銭債権の一種であり、金銭債権は可分債権である。可分債権は相続開始によって当然に分割されるのだから、預貯金も同じく当然に分割される。」
という理屈によります
判例変更「前」の問題点
「遺産分割」は相続人の話し合いによって行われます。
判例変更の前であっても、AさんとBさんの合意があれば、もともと遺産分割の対象となっている現金100万円に加えて、預金1,000万円についても遺産分割の対象とすることができました。
話し合いがつかない場合には、家庭裁判所の遺産分割の「調停」または「審判」の手続きを利用することになります。
調停の場合、裁判官は預貯金を含めた遺産分割を促すことが多いのですが、審判となると事情が違います。
審判の場合は、「遺産分割の対象」は現金100万円のみで、預金1,000万円は法定相続分により機械的に500万円ずつ配分されます。
この場合でも、遺産の「総額」が上記の1,100万円だけであれば、遺産分割の「対象額」が現金100万円だけであっても、不公平はありません。
ところが、AさんがXさんから生前に1,100万円の現金を贈与されており、これが特別受益に相当するとしたらどうでしょうか。
遺産分割の「対象額」は、
現金100万円+生前贈与1,100万円=1,200万円
預金は、前述のとおり機械的に500万円ずつ配分済です。
Aさん・Bさんの法定相続分は2分の1ずつの600万円ですが、実際には現金100万円しかない。
仕方がないのでBさんが現金100万円をもらったとして、それぞれの取り分は、
Aさん=生前贈与1,100万円+預金500万円=1,600万円
Bさん=現金100万円+預金500万円=600万円
このように、現金と預貯金が遺産分割の対象となるのかどうで、相続人間に不平等が生じることになります。
ちなみに、遺産の「総額」は、
現金100万円+預金1,000万円+生前贈与1,100万円
=2,200万円
Bさんの遺留分は、
2,200万円×1/2×1/2=550万円
Bさんが取得した600万円はBさんの遺留分550万円を超えていますので、遺留分減殺請求をすることもできません。
このような不公平が生じるのは、遺産分割に争いがあり、主たる遺産が預貯金で特別受益や寄与分がからんでくるケースです。
今回の判例変更によって、遺産分割の「対象額」も、
現金100万円+預金1,000万円+生前贈与1,100万円
=2,200万円
Bさんが現金100万円と預金1,000万円の計1,100万円を受け取り、Aさんは生前贈与された1,100万円のみ。
これであれば、共同相続人間の実質的公平が確保できるということになりますね。
判例変更「後」の問題点
さて、今回の判例変更によって、上記のような不公平は是正されることとなりましたが、判例変更によって生じる問題点もあります。
預貯金を含めた遺産全体について遺産分割をおこなうためには、遺産分割に時間がかかることが想定されます。
その間、被相続人の預貯金口座は実質的に凍結されることになり、遺産分割が終了し預金口座の相続手続きを終えるまでその預金は使うことはできません。
そうすると、葬儀費用や埋葬費用などの支払い、被相続人が生前に扶養していた相続人の生活費の支払いなどに、これらの預貯金を充てることができないという不都合が生じます。
また、相続人間の対立が深刻で遺産分割が長期化した場合には、相続税の支払いなどにも影響がでてきます。
ただし、実務上金融機関は判例変更以前から預貯金の相続手続きの際に、遺産分割協議書やこれに代わる相続人全員の同意書などを求めていました。
今回の判例変更により、預貯金口座の相続手続きに必要な書類がどの程度厳しくなるのか、金融機関の対応を注目していく必要があります。
生前の対応が必要に
これらをふまえて、被相続人の生前から以下のような準備をしておく必要があります。
①相続開始後の支出用にまとまった現金を用意しておく (簡単な方法であるが、セキュリティ上の難あり。)
②遺言書を作成 (遺言執行として必要な預貯金の引き出し規定)
③遺言信託の設定 (相続開始後の費用に充当する預金を信託銀行に預託する。)
④家族信託の設定 (扶養家族を受益者として賃貸不動産を預託する。)
⑤生命保険契約の活用 (保険金受取人が保険金から必要な費用を支払う。)